東京高等裁判所 昭和42年(行ケ)99号 判決 1970年5月14日
原告 丸紅飯田株式会社
被告 特許庁長官
主文
原告の請求は、棄却する。
訴訟費用は、原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
原告訴訟代理人は、「特許庁が、昭和四二年五月三一日、同庁昭和三五年抗告審判第二、四一八号事件についてした審決は、取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告指定代理人は、主文同旨の判決を求めた。
第二請求の原因
原告訴訟代理人は、請求の原因として、次のとおり述べた。
一 特許庁における手続の経緯
原告は、昭和二九年六月二二日、別紙第一記載の商標について商標登録の出願をしたが、昭和三五年七月三〇日拒絶査定を受けたので、同年九月六日抗告審判の請求をして、同年抗告審判第二、四一八号事件として審理され、昭和四〇年四月二八日出願公告がされたが、田川信一、美津濃株式会社、吉田哲からそれぞれ登録異議の申立があり、昭和四二年五月三一日、右登録異議の申立はいずれも理由があるとする決定とともに、「本件抗告審判の請求は成り立たない」旨の審決があり、その謄本は同年七月二二日原告に送達された。
二 本件審決理由の要旨
本願商標は、「GOLF」の文字から成るものであるが、このような文字の表示は、本願商標の指定商品中、被服類について、ゴルフ愛好者の好みに応ずる、いわゆるゴルフ向きの商品であることを表示するため、当業者間においてふつうに使用されているものであり(たとえば、GOLF WEARゴルフウエア、GOLF SOCKSゴルフソツクス、GOLF JUMPERゴルフジヤンパー、GOLF PANTSゴルフパンツ、GOLF GLOVEゴルフグローブ、GOLF CAPゴルフキヤツプ等)、したがつて、被服類については、本願商標が原告の商品であることを示す標章として、取引者、需要者間に広く認識されているものとは認めることができず、本願商標をゴルフ向きの被服類について使用しても、旧商標法(大正一〇年法律第九九号)第一条にいう特別顕著の要件を欠くものというべく、また、これをその他の商品について使用するときは、商品の用途または品質について誤認を生ぜしめるおそれがある(同法第二条第一項第一一号)といわなければならないから、本願商標は登録を拒絶すべきものである。
三 本件審決を取り消すべき事由
本件審決は、まず、本願商標の指定商品中、被服類、ことにいわゆるゴルフ向きの被服類については、本願商標は特別顕著性を有しないとしているが、これは事実の認定及び判断を誤つたものである。本願商標は、以下に述べるように、原告会社の長年にわたる使用により、いわゆる使用による特別顕著性を具備するに至つたものである。
本願商標と同様な別紙第二記載の商標は、大正一四年九月二四日、大同貿易株式会社が商標登録を経て以来、これを被服類に継続して使用して来たが、昭和一九年九月一二日、同会社は三興株式会社及び呉羽紡績株式会社と合併して、大建産業株式会社が設立され、右登録商標も大建産業株式会社が承継取得して使用を継続し、次いで昭和二五年三月一日、同会社は企業再建整備法による決定整備計画の定めにより、原告会社(当時の商号は丸紅株式会社、昭和三〇年九月一日現商号に変更)外三社を設立して解散したが、その際、右登録商標は原告会社が承継取得することとされて、以後原告会社がこれを継続使用して来たが、この間、商標の管理が十分でなかつたため、右登録商標は存続期間の満了によつて消滅してしまつた。原告会社は、昭和二六年四月になつて、これに気付き、同月一六日、同一商標について新たに商標登録の出願をしたところ、その先願にあたる登録第四〇四、五五三号商標(甲第一一号証)に類似するとの理由で、登録を拒絶されてしまつた。しかし、原告会社は、昭和二五年三月一日設立以来、シヤツ、ジヤンパー、肌着、セーター、靴下等のメリヤス製被服類に、「GOLF」の文字を横書きしてなる商標を継続して使用し、また、パジヤマ、ガウン等の被服類にも昭和四〇年以来同様の商標を継続して使用しているので、原告会社の全国にわたる広大な販売組織及び強力な宣伝と相まつて、全国の取引者、需要者間に、右商標は原告会社のものであることが広く知れわたつており、これが付された商品は、ゴルフ印の総称の下に、優良品の代名詞のように取扱われて、何人もそれが原告会社の商品であることを直感し認識するほどになつている。このことは、特許庁においても、すでに昭和三〇年四月当時顕著になつていたことである。すなわち、株式会社岩田商店の出願にかかる、「GOLF」及び「ゴルフ」の文字を二段に横書きし、その下方に一個のゴルフボールと二本のゴルフクラブとを組み合わせた図形より成る商標について、特許庁は、昭和三〇年四月一一日、取引者、需要者間に広く認識されている原告会社のGolf印の標章と類似するものであるとして、その商標登録を拒絶した事実がある。
右のとおり、原告会社は、本願商標のように、「GOLF」の文字を横書きして成る標章を、長年にわたりその商品である被服類に継続使用した結果、取引者、需要者間において、右標章が原告会社のものであることを広く認識されるに至つたのであるから、本願商標は、その指定商品中、被服類に関しては、使用による特別顕著性を有するものというべきであり、それが特に、ゴルフ向きの被服類に用いられた場合であつても、同じことである。
次に、本件審決は、本願商標を指定商品中のゴルフ向きでないその他の商品に使用するときは、用途または品質について誤認を生ずるおそれがあるというが、前記のとおり、被服類について使用による特別顕著性を具備するに至つた経緯に徴すると、本願商標をその他の商品について使用した場合でも、その用途または品質について誤認を生ずるおそれはないというべきである。
以上のとおり、本件審決は、いずれの点においても、事実の認定及び判断を誤つた違法のものであるから、取り消されるべきものである。
第三被告の答弁
被告指定代理人は、答弁として、次のとおり陳述した。
原告主張の請求原因事実中、本件に関する特許庁における手続の経緯、本願商標の構成及び指定商品、本件審決理由の要旨、大同貿易株式会社が別紙第二記載の商標について登録を経ていたこと、原告主張のような経緯で大建産業株式会社が設立され、次いで原告会社が設立されたこと、右登録商標が存続期間の満了により失効したこと、原告会社が昭和二六年四月一六日右と同一の商標について商標登録の出願をしたが拒絶されたこと、特許庁が昭和三〇年四月一一日、株式会社岩田商店の出願にかかる原告主張のような商標について、その主張のような理由で登録を拒絶したこと、以上の事実はいずれも認めるが、その余の事実はすべて争う。
本件審決の認定は正当であり、原告主張のような違法の点はない。すなわち、本願商標の指定商品中、被服類についてみると、それがゴルフに適するタイプのものであるときは、ゴルフ向きの商品であることを表示するためGOLFの文字が使用されて店頭に陳列されており、また、ゴルフまたはGOLFの文字を冠した商品名を表示して、ゴルフ用品店またはゴルフ用品部に陳列されているのがしばしば見受けられるところであり、これらの表示は、スキー、登山等の文字を冠した商品名の表示と同様に、自他商品の識別標識として用いられているものでないことは、取引上顕著な事実である。したがつて、本願商標は、右のようなゴルフ向きの商品については、旧商標法第一条にいわゆる特別顕著の要件を欠くものであり、その他の商品については、同法第二条第一項第一一号に該当するものであるといわざるをえない。
第四証拠関係<省略>
理由
(争いのない事実)
一 本件に関する特許庁における手続の経緯、本願商標の構成及び指定商品並びに本件審決理由の要旨がいずれも原告主張のとおりであることは、当事者間に争いがない。
(本件審決を取り消すべき事由の有無について)
二 原告は、まず、本願商標は、原告会社の長年にわたる使用により、いわゆる使用による特別顕著性を具備するにいたつたものである旨主張するので、この点について検討する。
成立に争いのない甲第一三号証ないし第二七号証、第二八号証の一ないし四、第二九号証の一ないし五、第三〇号証の一ないし四、第三一号証の一ないし六、第三二、第三三号証の各一ないし八、第三四号証の一ないし六、第三五号証の一ないし一六及び第三七号証、証人堀内健示の証言により原告会社が現に本願商標を使用している商品の写真と認められる甲第三六号証の一ないし一四並びに証人堀内健示、森藤助の各証言を総合して考えると、原告会社は、昭和二五年以降その商品であるシヤツ類、ジヤンパー・コート類、肌衣、セーター、くつ下に、昭和四〇年以降はパジヤマ、ガウンに、いずれも本願商標と同様な「GOLF」または「Golf」の標章を使用し、昭和四二年までの間に総計概算九八、四七七、一〇〇点の商品を販売したこと、その販売方法は、日本全国の卸屋を通じて、有名小売店、百貨店等に販売するものであり、新聞等によるほか、全国主要都市で四季折々に見本市を開いて宣伝することにより、就中昭和二九年頃から商品売上数も格別に増加して、遅くも昭和三四年頃には、右標章の付された商品が、原告会社のいわゆるゴルフ印の商品として、取引者、需要者間に広く知られるようになり、この状況は昭和四二年頃もなお継続していたことを認めることができ、他に右認定を左右すべき証拠は存しない。
右認定の事実によると、被服のうち、少くともシヤツ類、ジヤンパー・コート類、肌衣、セーター、くつ下、パジヤマ、ガウンに関しては、前記標章を付することにより、それが原告会社の製造販売にかかる商品である旨、取引者、需要者間に広く認識されるようになつたのであるから、本件審決のされた昭和四二年五月当時、右商品に関する限り、本願商標が長年使用による特別顕著性を有するにいたつていたものと解するのが相当であり、右商品中、いわゆるゴルフウエアと称せられるべきゴルフ用衣服について本願商標が用いられた場合であつても、必ずしもこれを否定すべき根拠はないものというべきである。
しかし、商標が長年使用による特別顕著性を有するにいたつたことは、それが長年の間継続して一定の商品に使用され、一般取引上、取引者、需要者をして直ちにその商品の出所を識別させ得るようになつたとき、その特定の商品に限り、はじめてこれを肯認することができるのであり、右特定の商品の範囲を超えて、他の類似商品にまでこれを及ぼすことはできないものと解すべきである。そして、本願商標の指定商品は、旧第三十六類「被服その他本類に属する商品」とされ、一つの商品区分に属する全商品を包括的に指定するものであるところ、そのうち使用による特別顕著性を認め得べき商品は、前認定の特定のものに限られ、右の包括的指定にかかる旧第三十六類に属する商品全部にわたり、本願商標が長年使用されたことは、本件に現われたすべての証拠を検討しても、これを認めることができず(成立に争いのない甲第七号証も、その認定資料たりえないことは、いうまでもない。)、したがつて、本願商標の指定商品全部について、本願商標が使用による特別顕著性を有するにいたつたとすることはできないから、指定商品を前記のように包括的に定めて登録を求めるかぎり、本願商標に長年使用による特別顕著性あることを肯認するわけにはいかないものである。この点に関する原告の主張は、理由がないといわざるをえない。
ところで、いわゆるゴルフ用被服について、GOLF WEAR(ゴルフウエア)、GOLF PANTS(ゴルフパンツ)等の用語が一般に慣用表示されていることは、公知の事実であるから、別紙第一表示のような本願商標の構成に照らし、これを指定商品中のゴルフ用被服として適当な商品に用いた場合、長年使用による特別顕著性が否定される以上、その出所識別の機能を営みえないことは、明らかなところであつて、かような商品について、本願商標は旧商標法(大正一〇年法律第九九号)第一条第二項にいわゆる特別顕著なるものとはいえず、また、その余の商品について用いるときは、その用途ないし品質について誤認を生じさせるおそれがあるものというべきであるから、いずれにせよ、本願商標が登録要件を欠くことについては、審決の説くとおりであるといわざるをえない。
(むすび)
三 以上のとおりであるから、その主張のような違法のあることを理由に、本件審決の取消を求める原告の本訴請求は、理由がないものといわなければならない。よつて、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 服部高顕 三宅正雄 石沢健)
別紙第一 本願商標
構成 「GOLF」の文字をやや弧状に左横書きして成る。
指定商品 旧商標法施行規則(大正一〇年農商務省令第三六号)第一五条
第三十六類 被服、その他本類に属する商品。
別紙第二 大同貿易株式会社の登録商標